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February 2010
“スクールウォーズ”「愛とは…」
- 2010-02-22 (Mon)
- プライベート
私事でお恥ずかしいのですが、実は昨日21日42歳の誕生日を迎えまして、
自分自身の誕生日を祝ってもらうのは照れ臭ささもありちょっと苦手なのですが、
有り難いことに、会員様より昨日からお祝いメールを携帯電話にたくさん頂き、今日出社してパソコンのメールを見てみると、なんと100件以上のお祝いメールが届いておりまして、
その内容に胸は熱くなり、心から感動させていただきました。
本当にありがたいです…
皆様、ありがとうございます。
今日はそんな会員の皆様に感謝を込めた御礼のメッセージを贈らせていただきたく、考えたのですが…
この前少しお話しさせてもらったドラマ“スクール・ウォーズ”をボクのメッセージを込めてご紹介させていただくことに致しました。
全日本ラグビーの名フランカーだった山口良治監督が、“京都一のワルの集まり”と恐れられていた京都伏見工業高校の荒廃しきった弱小ラグビー部を、たった7年で「全国優勝」まで導いたという、事実を基にドラマ化した、
[スクールウォーズ]
~1984年TBS系で放送~

このドラマ「スクールウォーズ」の原作は、作家・馬場信浩執筆の〔落ちこぼれ軍団の奇跡〕を基に制作され、
サブタイトル~泣き虫先生の7年戦争~で、この作品は“スポ根ドラマの最高傑作”と言われ、現在でもこの作品を超えるものは無いと認められるくらいの、リクエストの多い作品なのです。
ドラマの主人公のモデルになっている山口良治さんは、NHKの真実を元に制作される、
“プロジェクトX”~挑戦者たち~
という番組の、
“ツッパリ生徒と泣き虫先生”~伏見工業ラグビー部・日本一への挑戦~





として特集されていて、
ボクはそのDVDまで持っているくらいの、いわゆる“オタク”なのですが、史実やノンフィクション系の映画や本が好きなボクにとってはスクールウォーズの内容の方も本当に感動に満ちているのです。

当然ドラマですから脚色はありますが、主題歌の麻倉未稀の“HERO”がまた絶妙な選曲でドラマに溶け込み、オープニングと最終回には実際の全国大会の決勝戦の映像が流れ、そこにこの“HERO”が乗り次のナレーションが入るのです。
「この物語りは、ある学園の荒廃に戦いを挑んだひとりの熱血教師の記録である。
高校ラグビー界においてまったく無名の弱体チームが荒廃の中から健全な精神を培い、
この教師を迎えた日からわずか7年にして全国優勝を成し遂げた奇跡を通じて、
その原動力となった信頼と愛を、余すところなくドラマ化したものである。」
役者もみなさんはまり役で、ロケの秘話として有名なのは実話を基にした作品だったために、役者全員が伏見工業の歴史などをきっちり勉強して各々役に入り込んでいったそうで、
絶妙な主役の泣き虫先生、滝沢賢治役の山下真司さんがドラマ中に流した涙はすべて本物だったそうです。



その奥さんに岡田奈々、ラグビー部マネージャーに岩崎良美、生徒役には松村雄基、宮田恭男、その彼女役に伊藤かずえ、宮田の姉夫婦役が和田アキ子と梅宮辰夫というのもおもしろい。
他にも、鶴見辰吾、坂上二郎、下川辰平、名古屋章、間下このみ、小沢仁志、など個性派俳優が多数出演しています。
当然素晴らしいシーンがたくさんあるのですが、その中でも何度も出てくるこのドラマの“主題”のようなシーンが、主役の滝沢賢治が子供の頃、野球チームのキャプテンをしていて仲間がミスをしたところで、賢治がその仲間を責める場面があり、後の恩師となる監督が試合後賢治を呼び、
「賢治!お前それでもキャプテンか!誰もエラーをしようと思うてする奴はおらん。三振しようと思うてボックスに入る奴もおらん。
みんな一生懸命なんや。
その気持ちも解らんで、自分ひとりが偉そうな顔をしてそれで済むと思うてるのか。
野球は九人でやるもんや。おまえひとりでやるもんやない。
賢治、お前は勉強もようできるしスポーツもうまい。けどお前には他の人間に対する愛情に欠けるところがある。
人の心を思いやるということ、それが“愛”というもんや。
“いいか、愛とは、相手を信じ、待ち、許してやること。”
わかるか賢治!」
ボクはこの“愛とは”というメッセージが、このドラマのひとつのテーマなのだと思います。
その後、この恩師への敬愛の念が、やがて賢治を教職志望へと駆り立てるのです。そして賢治はドラマの中で度々言います。
「愛とは!信じ、待ち、許すことなんだ」と…
愛とは、信じ。待ち。許すことである。
ディープです。
深いなぁ
今なお深い。
当時高校生のボクにはあまりにも深い言葉でした…
あれから25年以上経過した今なお、この“愛とは…”は深く、永遠のテーマですね。
そして、その愛があって、仲間を信じることの大切さを説くのです。
“信は力なり!”と…
今をさかのぼり約2000年前にキリストは言っています。
「汝、自らを愛するが如く、汝の隣人を愛しなさい。」と。
解釈は人それぞれあると思いますが、ボクの解釈は、
隣人を愛しなさい、でもその前にまず自分自身を愛しなさい。
という意味だと思っています。
まず第一に自分を愛し、それと同じように、隣人を愛する。
自分自身を愛せない人が本当に他人を愛せるのかは、疑問です。
もし自分を愛さずに他人を愛せる人がいたとしても、自分を愛せたら、
きっと、もっともっと隣人を愛せるようになるのではないでしょうか…
愛とは…
きっとこれからもこのテーマは永遠なのでしょう。
しかし今はYouTubeなどインターネットですぐに情報を観れる時代になり今更ですが、本当に便利になったと思います。
ドラマをすべて観るにはかなりの時間がかかってしまうので、ボクのオススメは始めの1~3話までは必見で、
好きなのは、山城校長役の下川辰平さんと賢治が出会い、校長は賢治に可能性を見出して監督として学校に来て欲しいことを、あきらめずに口説くところ(現役引退後、賢治は市の教育委員会に勤務する傍ら、各地のラグビー教室で少年達を指導していた。その教室の指導を見ていた山城校長は賢治を勧誘すべく市の教育委員会へ嫌がられ断られながらも執念深く出向く、一方、東北製鉄からもラグビー部の監督として勧誘を受けていた。
賢治は教師になる未練はあるものの、ワースト校の川浜高校に行く気はないと山城校長に告げる。そんな折り県内で校内暴力事件が起こる。山城校長は賢治に「彼らは元々悪い人間なわけでは無いんだ、素直な子がいつの間にか歪んでしまった。このまま放っておいて良いものだろうか?彼らのちょっとした気持ちを切り替えてやることが出来たなら…」と聞かされた。
これを聞いて突然脳裏に学生時代の合宿練習中の記憶が蘇る。
激しい練習の中、水欲しさに「あそこまで行ったら倒れてやろう」と思った。倒れれば水がもらえるのだ。しかし、賢治の耳元で異様な息ずかいが聞こえた。上級生も下級生もレギュラーも二軍も三軍もみんなが苦悩の表情でのたうちまわっていた。「苦しいのはオレひとりじゃない。みんなが苦しいんだ」と思い出す。
そしてその後、川浜高校で起きた校内暴力の責任をとるために校長が責任を取って辞めることを校長は賢治に、
“情けない…情けないよ私は…実はね、私はあと二年もすれば定年だったんだよ…その二年の間にドブ掃除をしようと思っていたんたが、それも叶わぬ夢になってしまった。”と語る校長に、
“先生、まさか辞められるつもりじゃないでしょうね?ダメです!今辞めちゃダメです!今先生に見放されたら子供達は一体どうなるんですか。辞めるってことは見放すってことじゃないですか。ボールを持って突進して来る相手にタックルもせず逃げ出すのと同じです!”
“私がお手伝いします。”“滝沢がお手伝い致します!”
“滝沢君、来てくれるんだね!”
“本当に川浜に来てくれるんだね!”と涙を流して喜ぶ校長に、
“はい!!”
と一人決断し、校長と固く約束をしてしまう。
家に帰ると案の定、奥さんはこの京都一危険な不良ばかりの高校に赴任するのを反対する。(川浜高校の二階から先生が生徒に突き落とされるのを見てしまった回想シーンが流れる)
しかし賢治は一言“出逢いなんだよ”と…
運命的とも思える節子(奥さん)との出逢いも、賢治の思いを強くさせていた。そして賢治は言います。「オレは人生の節目節目でいつも素晴らしい人との出逢いに恵まれた。中学時代の恩師、体育大の監督、オールジャパンの監督、そして君だ。もしあの時俺があの寺に行かなかったら。お前たちがあのお寺で合宿していなかったら。おそらく俺達は出逢うことはなかった。山城校長との出逢いも大切にしたい。山城校長は俺に期待を掛けてくれた。その期待に応えるためにも。俺ひとりが行ったところであの川浜高校が模範的な優良校になるとは思ってはいない。だが俺にだって何人かの生徒は立ち直させることができる。それだけでも意義のあることだと思う。
“行かなきゃゼロなんだよ。何も生まれてこないんだ”
と説得する。
その後、節子は、
“そう…とうとう決めてしまったのね。
あなた、、川浜高校がどんなに酷いところか…。。。
そう、、、だから行くことにしたのね。”
黙ってうなずいた後に、
“スマン”
“馬鹿ねぇ、なにも謝ることなんかないのに。”
[熱すぎて震えます。ボクだけかな?…〈冷汗〉]
不良の水原役の小沢仁志さんも味があり(高校生の割に貫禄あり過ぎですが…〈また汗〉)好きですね。その中のシーンでも熱いのはあれだけやさくれていた水原の心が賢治の体を張った努力により変わっていく、賢治の自宅で水浸しになった水原に“なんだまだ寒いのか、これ飲んで体を暖めろ”と賢治がバーボンを水原の持つ茶碗につぎたすと
“学校の先生がこんなことしていいのかよ……フ、、変わった先生だぜ…”
その後、“先生よぉ、ラグビーってなにがそんなにおもしろいんだよ…”との問い掛けに賢治が、
“そうだなぁ、まずラグビーは団体競技の中で一番人数が多いんだ、一チーム15人だからなぁ。その15人が心をひとつにして戦うところがおもしろいなぁ。
それからラグビーは格闘技だ、体と体をぶつけ合って相手を倒すには勇気がいる。臆病者にはラグビーは出来ないなぁ。
それからこのボールだ、これはなぁ一度地面に落ちるとどっちに転がるか誰にもわからん。このボールを自分のものにするためにはあきらめないで最後までボールを追い掛ける執着心が必要なんだ、途中であきらめた人のところには決してこのボールは転がってこない。”
賢治の語りを聞きながら初めて涙を見せる水原、まるでバーボンの熱さで心の氷が溶けていくかのように…
“オレもラグビーやっときゃよかったかなぁ、先生、、…オレ、、、…オレよぉ……”
“水原!今からだって遅くはないぞ!お前さえその気になればラグビーだって何だってやれるチャンスはいくらでもあるんだ!”
までのシーン。(さすがスポ根の覇者大映テレビ)
ドラマの流れは人生にも等しく、賢治もひとつの出会いで人生は変わり、その賢治が決断を入れ、ひたすらあきらめずにチャレンジすることにより、また新たな出会いで更に自分や回りの人達の人生は変わっていく。
やはり人生は出逢いなんだ、そしてその出逢いをどう感じ、どう見出だすかなんだ。
とあらためて思うのです。
試合のシーンでは、最初の相模一高対川浜高校戦で、
109対0(実際の相手は当時全国大会準優勝の京都一の名門花園高校で、112対0で伏見工業は敗れた)で負けた時に、

試合終了間際、賢治は、みんな悔しいだろう、さぞかし辛かっただろうと選手達の気持ちを考えると自然と涙は噴き出し、“このボロボロに見たことも無いような点差を付けられているこの子達に、オレは一体何をしてやれたのか…と自分自身に問い掛け、試合終了しベンチに戻って来る選手達を迎えてやろう、労ってやろうと涙を拭き、みんなを見てみると、疲れてもいない、息も切れずユニフォームも汚れていない者もいた…
投げやりな気持ちで試合をしていたのだ。
試合を終え気持ちをごまかしてる選手達に、賢治が熱く涙を流しながら語ります。
“よく考えてみろ、相手も同じ高校生だ!同じ歳!同じ背丈!
頭の中だってそう変わらんだろ!
それがなんで109対0なんて差がつくんだぁ!
お前らゼロか!
ゼロの人間なのかぁ!
何をやるのもいい加減にして!一生ゼロのまま終わるのかぁ!!
それでいいのか!お前らそれでも男かぁ!!
悔しくないのかぁぁぁ!!!”
と賢治が泣きながら叫ぶシーンなんかも、今でも見るとハートは熱く燃え上がってしまいます。
[その後実際に112対0の大差で負けた全国大会準優勝のこのチーム(花園高校)に勝つため“打倒花園!”を目標に掲げ、大きく紙に書き、全員が今の気持ちを忘れず思い出すように部室の壁に張り付け、それからはチーム全員が一つになり、毎日血へどを吐きながら立てなくなるくらい練習し、なんと一年後、18対12で勝つのです!わずか一年にして京都一のチームになってしまうのです。]



ここであらためて気付くのは、人間血へどを吐くくらい本気になって打ち込めば短期間で変われるのだということなのです。
少しでも熱くなりたい方はYouTubeで“悔しいです!”がそのシーンです。是非ご覧下さいませ。
まだまだ他にもたくさん名シーンはありますが、
このドラマのところどころに散りばめてある珠玉のメッセージをボクの解釈で皆様に伝えたいのは、
人生にはまず出会いがあり、
それを偶然と思わない生き方があり、その出会いの意味を知り、自分の目標や使命を見出だす。
そして、その目標や使命に対して決してどんな事があろうともあきらめないこと。
そしてやるからには中途半端ではなく、血へどを吐いてでもやり切る強さ。
時に、迷い悩み苦しむ時があっても、決して逃げず、可能性を疑わず、仲間や自分自身を信じ抜いてやり切ったとき、短期間でさえとてつもない結果が出るということ。
難しく考えると、とことん難しくなってしまいますが、実はシンプルなことだと思うのです。
“悔しさを忘れず、信じる心を持ち続け、明日に向かって日々行動をやめなければ”必ず可能性に繋がるということ。
そして愛や夢とは…
やはり、“誰か”“何か”に感じ、信じれたとき可能性の種が生まれ、
愛や夢とは“信じること”がなければ何も始まらないのではないでしょうか。
生まれ、出会い、感じ、打ち込み、決して忘れず、信じる心を持ち続ける。
それは人生を楽しくするために不可欠なものではないかと思うのです。
会員の皆様にとって、COMTYが楽しく生きる為のひとつの術になれたなら…
そうなれるよう、これからもボク自身、日々精進と努力成長の道を歩みます。
皆様、お祝いメール本当に嬉しく、感謝致します!
このメッセージを持って御礼と変えさせていただきます。
本当にありがとうございました。
阿比留 章雄

自分自身の誕生日を祝ってもらうのは照れ臭ささもありちょっと苦手なのですが、
有り難いことに、会員様より昨日からお祝いメールを携帯電話にたくさん頂き、今日出社してパソコンのメールを見てみると、なんと100件以上のお祝いメールが届いておりまして、
その内容に胸は熱くなり、心から感動させていただきました。
本当にありがたいです…
皆様、ありがとうございます。
今日はそんな会員の皆様に感謝を込めた御礼のメッセージを贈らせていただきたく、考えたのですが…
この前少しお話しさせてもらったドラマ“スクール・ウォーズ”をボクのメッセージを込めてご紹介させていただくことに致しました。
全日本ラグビーの名フランカーだった山口良治監督が、“京都一のワルの集まり”と恐れられていた京都伏見工業高校の荒廃しきった弱小ラグビー部を、たった7年で「全国優勝」まで導いたという、事実を基にドラマ化した、
[スクールウォーズ]
~1984年TBS系で放送~

このドラマ「スクールウォーズ」の原作は、作家・馬場信浩執筆の〔落ちこぼれ軍団の奇跡〕を基に制作され、
サブタイトル~泣き虫先生の7年戦争~で、この作品は“スポ根ドラマの最高傑作”と言われ、現在でもこの作品を超えるものは無いと認められるくらいの、リクエストの多い作品なのです。
ドラマの主人公のモデルになっている山口良治さんは、NHKの真実を元に制作される、
“プロジェクトX”~挑戦者たち~
という番組の、
“ツッパリ生徒と泣き虫先生”~伏見工業ラグビー部・日本一への挑戦~





として特集されていて、
ボクはそのDVDまで持っているくらいの、いわゆる“オタク”なのですが、史実やノンフィクション系の映画や本が好きなボクにとってはスクールウォーズの内容の方も本当に感動に満ちているのです。

当然ドラマですから脚色はありますが、主題歌の麻倉未稀の“HERO”がまた絶妙な選曲でドラマに溶け込み、オープニングと最終回には実際の全国大会の決勝戦の映像が流れ、そこにこの“HERO”が乗り次のナレーションが入るのです。
「この物語りは、ある学園の荒廃に戦いを挑んだひとりの熱血教師の記録である。
高校ラグビー界においてまったく無名の弱体チームが荒廃の中から健全な精神を培い、
この教師を迎えた日からわずか7年にして全国優勝を成し遂げた奇跡を通じて、
その原動力となった信頼と愛を、余すところなくドラマ化したものである。」
役者もみなさんはまり役で、ロケの秘話として有名なのは実話を基にした作品だったために、役者全員が伏見工業の歴史などをきっちり勉強して各々役に入り込んでいったそうで、
絶妙な主役の泣き虫先生、滝沢賢治役の山下真司さんがドラマ中に流した涙はすべて本物だったそうです。



その奥さんに岡田奈々、ラグビー部マネージャーに岩崎良美、生徒役には松村雄基、宮田恭男、その彼女役に伊藤かずえ、宮田の姉夫婦役が和田アキ子と梅宮辰夫というのもおもしろい。
他にも、鶴見辰吾、坂上二郎、下川辰平、名古屋章、間下このみ、小沢仁志、など個性派俳優が多数出演しています。
当然素晴らしいシーンがたくさんあるのですが、その中でも何度も出てくるこのドラマの“主題”のようなシーンが、主役の滝沢賢治が子供の頃、野球チームのキャプテンをしていて仲間がミスをしたところで、賢治がその仲間を責める場面があり、後の恩師となる監督が試合後賢治を呼び、
「賢治!お前それでもキャプテンか!誰もエラーをしようと思うてする奴はおらん。三振しようと思うてボックスに入る奴もおらん。
みんな一生懸命なんや。
その気持ちも解らんで、自分ひとりが偉そうな顔をしてそれで済むと思うてるのか。
野球は九人でやるもんや。おまえひとりでやるもんやない。
賢治、お前は勉強もようできるしスポーツもうまい。けどお前には他の人間に対する愛情に欠けるところがある。
人の心を思いやるということ、それが“愛”というもんや。
“いいか、愛とは、相手を信じ、待ち、許してやること。”
わかるか賢治!」
ボクはこの“愛とは”というメッセージが、このドラマのひとつのテーマなのだと思います。
その後、この恩師への敬愛の念が、やがて賢治を教職志望へと駆り立てるのです。そして賢治はドラマの中で度々言います。
「愛とは!信じ、待ち、許すことなんだ」と…
愛とは、信じ。待ち。許すことである。
ディープです。
深いなぁ
今なお深い。
当時高校生のボクにはあまりにも深い言葉でした…
あれから25年以上経過した今なお、この“愛とは…”は深く、永遠のテーマですね。
そして、その愛があって、仲間を信じることの大切さを説くのです。
“信は力なり!”と…
今をさかのぼり約2000年前にキリストは言っています。
「汝、自らを愛するが如く、汝の隣人を愛しなさい。」と。
解釈は人それぞれあると思いますが、ボクの解釈は、
隣人を愛しなさい、でもその前にまず自分自身を愛しなさい。
という意味だと思っています。
まず第一に自分を愛し、それと同じように、隣人を愛する。
自分自身を愛せない人が本当に他人を愛せるのかは、疑問です。
もし自分を愛さずに他人を愛せる人がいたとしても、自分を愛せたら、
きっと、もっともっと隣人を愛せるようになるのではないでしょうか…
愛とは…
きっとこれからもこのテーマは永遠なのでしょう。
しかし今はYouTubeなどインターネットですぐに情報を観れる時代になり今更ですが、本当に便利になったと思います。
ドラマをすべて観るにはかなりの時間がかかってしまうので、ボクのオススメは始めの1~3話までは必見で、
好きなのは、山城校長役の下川辰平さんと賢治が出会い、校長は賢治に可能性を見出して監督として学校に来て欲しいことを、あきらめずに口説くところ(現役引退後、賢治は市の教育委員会に勤務する傍ら、各地のラグビー教室で少年達を指導していた。その教室の指導を見ていた山城校長は賢治を勧誘すべく市の教育委員会へ嫌がられ断られながらも執念深く出向く、一方、東北製鉄からもラグビー部の監督として勧誘を受けていた。
賢治は教師になる未練はあるものの、ワースト校の川浜高校に行く気はないと山城校長に告げる。そんな折り県内で校内暴力事件が起こる。山城校長は賢治に「彼らは元々悪い人間なわけでは無いんだ、素直な子がいつの間にか歪んでしまった。このまま放っておいて良いものだろうか?彼らのちょっとした気持ちを切り替えてやることが出来たなら…」と聞かされた。
これを聞いて突然脳裏に学生時代の合宿練習中の記憶が蘇る。
激しい練習の中、水欲しさに「あそこまで行ったら倒れてやろう」と思った。倒れれば水がもらえるのだ。しかし、賢治の耳元で異様な息ずかいが聞こえた。上級生も下級生もレギュラーも二軍も三軍もみんなが苦悩の表情でのたうちまわっていた。「苦しいのはオレひとりじゃない。みんなが苦しいんだ」と思い出す。
そしてその後、川浜高校で起きた校内暴力の責任をとるために校長が責任を取って辞めることを校長は賢治に、
“情けない…情けないよ私は…実はね、私はあと二年もすれば定年だったんだよ…その二年の間にドブ掃除をしようと思っていたんたが、それも叶わぬ夢になってしまった。”と語る校長に、
“先生、まさか辞められるつもりじゃないでしょうね?ダメです!今辞めちゃダメです!今先生に見放されたら子供達は一体どうなるんですか。辞めるってことは見放すってことじゃないですか。ボールを持って突進して来る相手にタックルもせず逃げ出すのと同じです!”
“私がお手伝いします。”“滝沢がお手伝い致します!”
“滝沢君、来てくれるんだね!”
“本当に川浜に来てくれるんだね!”と涙を流して喜ぶ校長に、
“はい!!”
と一人決断し、校長と固く約束をしてしまう。
家に帰ると案の定、奥さんはこの京都一危険な不良ばかりの高校に赴任するのを反対する。(川浜高校の二階から先生が生徒に突き落とされるのを見てしまった回想シーンが流れる)
しかし賢治は一言“出逢いなんだよ”と…
運命的とも思える節子(奥さん)との出逢いも、賢治の思いを強くさせていた。そして賢治は言います。「オレは人生の節目節目でいつも素晴らしい人との出逢いに恵まれた。中学時代の恩師、体育大の監督、オールジャパンの監督、そして君だ。もしあの時俺があの寺に行かなかったら。お前たちがあのお寺で合宿していなかったら。おそらく俺達は出逢うことはなかった。山城校長との出逢いも大切にしたい。山城校長は俺に期待を掛けてくれた。その期待に応えるためにも。俺ひとりが行ったところであの川浜高校が模範的な優良校になるとは思ってはいない。だが俺にだって何人かの生徒は立ち直させることができる。それだけでも意義のあることだと思う。
“行かなきゃゼロなんだよ。何も生まれてこないんだ”
と説得する。
その後、節子は、
“そう…とうとう決めてしまったのね。
あなた、、川浜高校がどんなに酷いところか…。。。
そう、、、だから行くことにしたのね。”
黙ってうなずいた後に、
“スマン”
“馬鹿ねぇ、なにも謝ることなんかないのに。”
[熱すぎて震えます。ボクだけかな?…〈冷汗〉]
不良の水原役の小沢仁志さんも味があり(高校生の割に貫禄あり過ぎですが…〈また汗〉)好きですね。その中のシーンでも熱いのはあれだけやさくれていた水原の心が賢治の体を張った努力により変わっていく、賢治の自宅で水浸しになった水原に“なんだまだ寒いのか、これ飲んで体を暖めろ”と賢治がバーボンを水原の持つ茶碗につぎたすと
“学校の先生がこんなことしていいのかよ……フ、、変わった先生だぜ…”
その後、“先生よぉ、ラグビーってなにがそんなにおもしろいんだよ…”との問い掛けに賢治が、
“そうだなぁ、まずラグビーは団体競技の中で一番人数が多いんだ、一チーム15人だからなぁ。その15人が心をひとつにして戦うところがおもしろいなぁ。
それからラグビーは格闘技だ、体と体をぶつけ合って相手を倒すには勇気がいる。臆病者にはラグビーは出来ないなぁ。
それからこのボールだ、これはなぁ一度地面に落ちるとどっちに転がるか誰にもわからん。このボールを自分のものにするためにはあきらめないで最後までボールを追い掛ける執着心が必要なんだ、途中であきらめた人のところには決してこのボールは転がってこない。”
賢治の語りを聞きながら初めて涙を見せる水原、まるでバーボンの熱さで心の氷が溶けていくかのように…
“オレもラグビーやっときゃよかったかなぁ、先生、、…オレ、、、…オレよぉ……”
“水原!今からだって遅くはないぞ!お前さえその気になればラグビーだって何だってやれるチャンスはいくらでもあるんだ!”
までのシーン。(さすがスポ根の覇者大映テレビ)
ドラマの流れは人生にも等しく、賢治もひとつの出会いで人生は変わり、その賢治が決断を入れ、ひたすらあきらめずにチャレンジすることにより、また新たな出会いで更に自分や回りの人達の人生は変わっていく。
やはり人生は出逢いなんだ、そしてその出逢いをどう感じ、どう見出だすかなんだ。
とあらためて思うのです。
試合のシーンでは、最初の相模一高対川浜高校戦で、
109対0(実際の相手は当時全国大会準優勝の京都一の名門花園高校で、112対0で伏見工業は敗れた)で負けた時に、

試合終了間際、賢治は、みんな悔しいだろう、さぞかし辛かっただろうと選手達の気持ちを考えると自然と涙は噴き出し、“このボロボロに見たことも無いような点差を付けられているこの子達に、オレは一体何をしてやれたのか…と自分自身に問い掛け、試合終了しベンチに戻って来る選手達を迎えてやろう、労ってやろうと涙を拭き、みんなを見てみると、疲れてもいない、息も切れずユニフォームも汚れていない者もいた…
投げやりな気持ちで試合をしていたのだ。
試合を終え気持ちをごまかしてる選手達に、賢治が熱く涙を流しながら語ります。
“よく考えてみろ、相手も同じ高校生だ!同じ歳!同じ背丈!
頭の中だってそう変わらんだろ!
それがなんで109対0なんて差がつくんだぁ!
お前らゼロか!
ゼロの人間なのかぁ!
何をやるのもいい加減にして!一生ゼロのまま終わるのかぁ!!
それでいいのか!お前らそれでも男かぁ!!
悔しくないのかぁぁぁ!!!”
と賢治が泣きながら叫ぶシーンなんかも、今でも見るとハートは熱く燃え上がってしまいます。
[その後実際に112対0の大差で負けた全国大会準優勝のこのチーム(花園高校)に勝つため“打倒花園!”を目標に掲げ、大きく紙に書き、全員が今の気持ちを忘れず思い出すように部室の壁に張り付け、それからはチーム全員が一つになり、毎日血へどを吐きながら立てなくなるくらい練習し、なんと一年後、18対12で勝つのです!わずか一年にして京都一のチームになってしまうのです。]



ここであらためて気付くのは、人間血へどを吐くくらい本気になって打ち込めば短期間で変われるのだということなのです。
少しでも熱くなりたい方はYouTubeで“悔しいです!”がそのシーンです。是非ご覧下さいませ。
まだまだ他にもたくさん名シーンはありますが、
このドラマのところどころに散りばめてある珠玉のメッセージをボクの解釈で皆様に伝えたいのは、
人生にはまず出会いがあり、
それを偶然と思わない生き方があり、その出会いの意味を知り、自分の目標や使命を見出だす。
そして、その目標や使命に対して決してどんな事があろうともあきらめないこと。
そしてやるからには中途半端ではなく、血へどを吐いてでもやり切る強さ。
時に、迷い悩み苦しむ時があっても、決して逃げず、可能性を疑わず、仲間や自分自身を信じ抜いてやり切ったとき、短期間でさえとてつもない結果が出るということ。
難しく考えると、とことん難しくなってしまいますが、実はシンプルなことだと思うのです。
“悔しさを忘れず、信じる心を持ち続け、明日に向かって日々行動をやめなければ”必ず可能性に繋がるということ。
そして愛や夢とは…
やはり、“誰か”“何か”に感じ、信じれたとき可能性の種が生まれ、
愛や夢とは“信じること”がなければ何も始まらないのではないでしょうか。
生まれ、出会い、感じ、打ち込み、決して忘れず、信じる心を持ち続ける。
それは人生を楽しくするために不可欠なものではないかと思うのです。
会員の皆様にとって、COMTYが楽しく生きる為のひとつの術になれたなら…
そうなれるよう、これからもボク自身、日々精進と努力成長の道を歩みます。
皆様、お祝いメール本当に嬉しく、感謝致します!
このメッセージを持って御礼と変えさせていただきます。
本当にありがとうございました。
阿比留 章雄

システムの進化とセキュリティー。
- 2010-02-21 (Sun)
- 社長業
先日、日頃から大変お世話になっているシステム会社の社長にお時間を頂き、
久しぶりにゆっくりお話しすることができました。
若いころは銀行で修業を積み、支店長まで上り詰めている社長からのアドバイスは本当に勉強になり、有り難い限りです。
そして、どんな時も弊社のシステムの進化をお手伝いいただき、
会員様の大切な個人情報とセキュリティーを守っていただけてることに感謝は尽きません。
社長及びシステム会社社員の皆様、
いつも本当にありがとうございます!
久しぶりにゆっくりお話しすることができました。
若いころは銀行で修業を積み、支店長まで上り詰めている社長からのアドバイスは本当に勉強になり、有り難い限りです。
そして、どんな時も弊社のシステムの進化をお手伝いいただき、
会員様の大切な個人情報とセキュリティーを守っていただけてることに感謝は尽きません。
社長及びシステム会社社員の皆様、
いつも本当にありがとうございます!
昔の同士。
- 2010-02-17 (Wed)
- 社長業
昔、共に全国を駆け回った薄井さんが仕事で栃木から新橋に上京したらしく、
お互い忙しくバタバタ動き回る中、わずか30分の嬉しい再会です。
息を弾ませながら待ち合わせに現れた彼は同い年。
今オフィス機器や文具全般を扱う会社を経営していて、短い時間の中ちょっとした相談も済み、
来月会う約束をして、またそれぞれ次の用事にひた走る…
忙しい毎日、互いに働き盛りの40過ぎだけど昔みたいに無理がきかなくなってるのも、認めたくないけど事実だったりして…汗
お互い少し身体に気遣いながら頑張りましょね、幸ちゃん!
お互い忙しくバタバタ動き回る中、わずか30分の嬉しい再会です。
息を弾ませながら待ち合わせに現れた彼は同い年。
今オフィス機器や文具全般を扱う会社を経営していて、短い時間の中ちょっとした相談も済み、
来月会う約束をして、またそれぞれ次の用事にひた走る…
忙しい毎日、互いに働き盛りの40過ぎだけど昔みたいに無理がきかなくなってるのも、認めたくないけど事実だったりして…汗
お互い少し身体に気遣いながら頑張りましょね、幸ちゃん!
最終の新幹線。
- 2010-02-16 (Tue)
- 社長業

ほぼ満席の中、乗客のみなさん疲れ切ってぐったりです。
しかし!ボクにとっては、今日の大阪出張は久しぶりに充実した素晴らしく意義のある出張で、
テンション上がって目も爛々です!(ってちょっとあぶない人みたいだな…大丈夫ですよ、ご心配なく。)
有意義のある時間の使い方ができた時って、なんとも言えない達成感に浸れ、幸せ感じますよね。
いつもCOMTYの一番の応援団長であるGod Motherと、かわいい大阪の仲間達、そして今日の新たなる出会いに感謝!乾杯です!(一人サミシク小さな声で…)
新幹線のスピーカーからは到着合図の懐かしいメロディー“いい日旅立ち”。
そして東京到着。
皆様も今日も一日お疲れさまでした!
ガラスアートの最高傑作。
- 2010-02-15 (Mon)
- プライベート


以前ご紹介した、“ガラスアート穂ぞの”の社長である滝ちゃんが三重県から上京して一目散に、手づくりの愛が溢れるプレゼントを持ってきてくれました。
なんと“必黙”を最高級の形にして彫ってきてくれたのです。
久しぶりのサプライズなプレゼントに鳥肌が立ちっぱなしで、それがまた商品としての出来栄えがホントに素晴らしく、
はじめはただ興奮し、感動していたのですが、
いざ手に持って見ると、しばらく息を呑んで見とれてしまうくらいの最高傑作でした。
このブログを観てくれていたようで、
「オレはこの“空は青いよ”までが好きなんや!」なんて言葉までいただき、感無量です。
気持ちが伝わることほど嬉しいことはありません。
熱き“漢”穂園 滝一郎。
滝ちゃん、思いのこもった最高のプレゼント、
本当にありがとう!

“NHK放送博物館”
- 2010-02-14 (Sun)
- 社長業
旧正月の愛宕参り。
- 2010-02-13 (Sat)
- 社長業
“信は力なり!”…
- 2010-02-11 (Thu)
- ひと言

先日、岐阜の赤堀さんから見たこともない七色の薔薇の写真が届きました。
花言葉は“無限の可能性”とのこと…
ボクは昔、メビウスというグループをつくったほど、無限の可能性という意味や言葉は大好きで、
紛れもなく人間の可能性は無限だと信じる一人です。
誰でも夢を叶えられる可能性があり、
どんな時でも強く思い、前向きに勇気を持って行動すれば、
自分自身の思い描く、なりたい自分になれると信じています。
信じること。
すべてはそこから始まります。
昔、全日本ラグビーの名フランカーだった山口良治監督が、“京都一の悪”と恐れられていた京都伏見工業高校の荒廃しきった弱体ラグビー部を、
たった7年で「全国優勝」まで導いたという、
事実を基にドラマ化した、
[スクールウォーズ]というドラマとラグビーと言うスポーツによって、
信じることの大切さを教わり、今の指針になった教訓を少しお話しさせていただきます。
当時ボクは高校生で、ラグビー部に入ったきっかけは、このドラマの影響と、当時の恩師が体育の担任で、
ラグビーの授業中にこの恩師が語った言葉が大きかったからです。
恩師曰く、
「ラグビーは球技最多の15人対15人計30人で戦うスポーツで、サッカーと大きく違うのは、
サッカーはゴールを決めた選手が目立ち、注目されるのに比べ、
ラグビーはトライを決めると当然チーム全員で喜び合うが、決めた選手一人が派手なパフォーマンスをしない風習がある。
それは、ボールを前に投げてはいけないルールの中、フォワードはスクラムを組み押し合い、バックスは前に走りボールは後ろへとつなぎながら、選手全員がぶつかり合いを重ね、なおもボールを離さずにみんな必死に前へ前へと、やっとの思いで相手陣地まで持っていく。
トライまでの道はチーム全員の協力無くしては有り得ない。
だからトライを決めた選手一人がヒーローにはならないのだ。
球技最多人数スポーツでありながら、チームがひとつにならなければ勝てないスポーツなのだ。
そこにラグビーの基本理念があり、精神がある。
その精神とは、
[One for All. All for One.]
[一人はみんなのために、みんなは一人のために。]
これがラグビーだ。」
感じ易く影響されやすい性格上この言葉が頭から離れなくなり、
それに加えて足が速かったことをラグビー部員達は知っていたらしく、熱い部員達に「バックスに欲しい、一緒にやろう!」と引っ張られ、
(これがまたラグビー部のメンバーが肌が合う奴らが多く…)
その後決断し、ラグビー部に転部。
高校時代の後半はポジションはウイング、背中に14番を背負い、ぶつかり合いに明け暮れ、時に試合で足の甲の骨を折ったりと、どこに転がるかわからない楕円のボールに青春を捧げる日々でした…。
そして当時、夢中で観ていたドラマ“スクールウォーズ”これが感動の連続で、そのドラマの中で、今なお忘れられない素晴らしい“教え”がたくさんあるのです。
長くなってしまうので詳しくは次の機会にさせていただきますが、
今回はその中の一つだけ…
そのドラマの主役の監督は何度も何度も生徒達に、
“信は力なり”と伝え続けます。
“信は力なり…”
実際、その監督がそれを耳にしたのは彼が初めて日本代表チームの一員に選ばれた最初のミーティングで、オールジャパンの監督からの言葉だったのですが、
ラグビーというスポーツと人生をリンクさせるに至る言葉なのです。
「日本代表にまで上り詰めた諸君に今さらこのような言葉を言うのはなんだが、
あらためて初心に戻ったつもりで聞いてもらいたい。
ラグビーがその発祥地英国において学校の正課として取り上げられている理由は一体何か、
それはラグビーこそまさに社会生活のルールを学ぶに最適のスポーツであり、
どう転がるかわからんこのボールを追うことによって、
使命感遂行への“執着心”、“忍耐力”を養うことができるからである。
すなわちラグビーにおいて最も基本的な心構えは、
"One for All. All for One"
一人一人がチームの為に己を捨て、各々の責任を全うしてこそ、初めて勝利が生まれてくる。
そのために最も必要なもの、それは“勇気”である。
その勇気の源は、“使命感”であり、仲間への“連帯感”。
使命感と仲間を信じる心から、“奇跡”は生まれてくるのだ。」
そして黒板に書きます。
それが、
“信は力なり!”
信じること…
昔、自分は成功する可能性があるのか無いのかを問われたとき、
考えても答えは出ず、当然神のお告げもあるはずもない。
しかし結局たどり着いたのは簡単なことでした。
泣いても笑っても一度きりの人生、限られた時間。
どうせなら、つまらない考えを捨て、楽しく生きれる方を取りたい。
“可能性はある”と考え、信じた方が楽しい。
それが答えでした。
信は力なり。
信じるということはときに思考を現実化させるほどの凄い力を得ることができ、楽しく生きる為に必要なひとつの“術”だと思うのです。
まずは自分自身を信じること。それと同じように仲間や連れ合いを信じ、勇気を持って行動を起こしたときに、
奇跡は起きるのでしょう。
次回、当時涙したドラマ“スクールウォーズ”をご紹介させていただきます。
JAFロードサービス
- 2010-02-10 (Wed)
- ひと言
MAXIMUM!日本の文化“光鮨“
- 2010-02-01 (Mon)
- プライベート





久しぶりにスペシャルな“食”のご紹介です!
場所は中央線、西荻窪駅すぐそば、名は“光鮨”。
とにかく美味い!!
美味いのなんのって凄すぎます!当然、ネタのこだわりは素晴らしく、一番のこだわりは、すべてが“天然”“天然”“天然”と
“天然”のオンパレード!!!
美味しさのテンコ盛りに、
感動!感動!感動!で、やっぱり美味しいものとの出会いは感動するのだとあらためて思いました。
実はこの光鮨、今から十年近く前に、
ボクが鮨好きで鮨の賄いが食べたいばかりに学生時代は鮨屋で四年もアルバイトしていた事を知った星くんのお兄さんが、
そんなに鮨好きなら一度食べさせたい鮨があると招待してくれた店で、その時も美味しさに驚いたのは覚えているのですが、
今回はゆっくりカウンターに座り大将にこだわりを聞きながら天然鮨を満喫し、完全にはまってしまいました。
[前回は美味しさと嬉しさで盛り上がり、ついついお酒を呑み過ぎて少し酔っていたせいか後半の記憶がしばし薄れておりまして…(智輝くん申し訳ない〈涙〉)]
ただ、この光鮨、二度、三度と来れば来る程に気付きのある鮨屋さんなのだと思います。
また、智輝、昌輝、星両兄弟が二代続けてアルバイトしていただけあり、
大将と大将の奥様の人柄も最高なんですよ。
店構えも、駅を降りてからの町並みもイイ感じで、
もう四十年以上の歴史があるこの店は“古き良き昭和”を感じます。
しかし今、この光鮨も時代の流れと大将の年齢的な問題もあり、この現状を継続できる時間は限られてしまっているようです。
今、新しい文化である回転寿司や大型フランチャイズ店の展開などでお寿司も安く手頃になり、昔ながらの店は運営が難しい時代になっていますよね。
現にボクがアルバイトしていた鮨屋さんも閉店を余儀なくされました。
何事も一概には言えませんが、新しいかたちの出現は古いものの生存を妨げ、やがてそれも古くなり、
より良いものだけが生き残り、新たなる形を生み出していく。
かたちは時代と共に変わり続けていくもの。
それが進歩、進化の営みなのでしょうが、
できることなら日本の古い風習や文化に触れる場所、心の通い合う場所は、
代々受け継ぎ、大切に残していきたいものです。
思ったことの一番は、こんな店には親や家族、仲間達みんなひとり残らず連れて来て、普段出会えない美味しい鮨を食べさせたい。
そんな思いでした。
自分一人ができることは限られていますが、
この光鮨を残し、通い続けたいなぁ。
そして、常日頃、僕達の悪戦苦闘している姿を陰から見守って下さっている、
星輝周、正子御夫妻、
御招待頂き誠にありがとうございました!
感謝は尽きません。
真から幸せを感じ、心温まるひとときでした。
MAXIMUM(最上級、極限)ですッ!






























