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2012年1月18日のアーカイブ

余韻を持つ人

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中畑清新監督就任を祝う会で特別ゲストとして現れた、長嶋茂雄さん、松井秀喜さんのツーショット映像のご紹介ですが、やはりこのお二人…尋常ではないですね。

真面目に一つのことを極めると、この域までいってしまうのか。という集大成が長嶋茂雄さんであり、その道をこれまた真面目に継ぐ松井秀喜さん。二人が一つの舞台に上がった時、それは足し算ではなく、掛け算になり、えもいわれぬような空気が漂うのを感じました。

何をしゃべるのかではなく、“存在”そのもの。

人間の「極み」です。

仕事であれ、スポーツであれ、何であっても、何年も何年も真面目にひたむきに、ときに命を懸けるくらい一生懸命に、“迷わず”“ズレず”“ぶれず”に一つのことに一心不乱に打ち込む生き方。

それは一人の男の生き様です。

感動を覚えます。それは記録として残る時もあるでしょう。しかし人間に一番大切なのは感動のある人の記憶に残るような生き方や、人間性なのではないでしょうか。

余韻…

昔こんな話しを聞いたことがあります。

人の魅力や、人を引き付ける人が何を持っているのか…。

それを一言でいうと、“余韻の残る人“だといいます。

余韻とは、大きな船が大海原を進むと波がたち、やがて遠く水平線の彼方に船は消えても、波は白く余韻として残ると…。

ようするに、その人が立ち去った後も、その人の余韻のようなものが残り、“もう一度あの人に会いたい”と思わせてくれる人。

そのために必要なことがなんなのかはわかりませんが、長嶋茂雄さんや松井秀喜さんが余韻を持つ人であることは確かでしょう。

そして、今ふと感じたのですが、“天才”の要素とは一つのことに打ち込み続けられる人間性に通じているのかもしれません。

なんにせよ、お互い、余韻を持つ人でありたいものです。

lCuOLO uOLO



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